国税が抜いた「伝家の宝刀」、路線価否定の判決を最高裁が覆す?

「局内に走った衝撃は相当なものでした。これまで勝訴で来ている分、負ける可能性も十分にあるわけですから」

驚きを隠さずこう語るのは、国税局の担当者。昨年12月、最高裁判所がある税務訴訟を巡り、弁論を開くと決めたことを受けての発言だ。その決定は、国税当局にとって相当なインパクトがあったようだ──。

高額な不動産を購入して数億円規模の節税をした相続人に対し、国税局が約3億円の追徴課税に踏み切り、相続人側が取り消しを求めて争っているこの裁判。一審で東京地裁は、追徴課税は妥当と判断、二審の東京高裁も一審判決を支持する結果となった。

その後、裁判が最高裁までもつれ込むと、最高裁は「弁論」(第三小法廷、長嶺安政裁判長)を開くことを決定。最高裁が一審二審を覆す判断をするのではないか、と注目を集めている。その弁論が今日、3月15日に行われた。

路線価と実勢価格のかい離を利用し、相続税を圧縮する手法は以前から存在していたが、この裁判の行方によっては、これが大きく変わる可能性もある。2017年から続くこの裁判、いったい何が争点で、裁判の行方はどうなるのか。今後予定される判決が実務に及ぼす影響については、専門家の間でも意見が分かれている。

「伝家の宝刀」で覆された評価額

そもそも今回の争いは2009年、当時90歳だった男性が、東京都と神奈川県に2つの物件を購入したことから始まる。

男性は、東京都の物件(A物件)を約8億3700万円で、神奈川県の物件(B物件)を約5億5000万円で取得。購入時には、金融機関からそれぞれ6億3000万円、3億7800万円を借り入れている。

そして3年後の2012年6月、男性は94歳で死亡。まもなく相続が開始された。相続人は男性の妻、長女、長男、二男、そして被相続人と養子縁組を結んだ孫(二男の長男)の5名だ。相続によって、妻ら5人の相続人に、相続税額を引いた分の財産が渡ることになる(なお、亡くなった男性は2008年、孫にあたる相続人と養子縁組を組んだのち、2棟の物件を購入している)。

相続が開始すると、相続人らは路線価に基づき、A物件を約2億円、B物件を約1億3000万円と評価。2物件の合計は約3億3000万円と、購入価格の約13億8700万円に対し大幅に圧縮された。ここに金融機関からの借り入れも加味し、相続人らは「相続税額をゼロ」として税務署に申告した。さらには翌2013年、相続人はB物件を約5億1000万円で売却している。

これに対し税務署は2016年、路線価を使った相続人の物件評価を「著しく不適当」と判断、評価額の見直しを行う。税務署は「時価は不動産鑑定評価に基づく12億7300万円が妥当」と主張し、相続人に対して、更正処分(税務署による納税額の修正)および約3億円の追徴課税に踏み切ったのである。

この処分は、国税庁長官の指示により、財産の評価を見直すことができる規定(財産評価基本通達の総則6項)によるもの。国税局の「伝家の宝刀」などと呼ばれている規定だ。

一方、相続人は2017年5月、税務署の更正処分などに不服があるとして、「国税不服審判所」に審査を請求したが、棄却された。その後相続人らは2017年11月、東京地方裁判所に提訴。一審で東京地裁は「『特別の事情』がある場合は、総則6項により路線価以外での評価も認められる」とし、相続人側が敗訴。その後相続人らは控訴し、東京高裁でも争われたが、国税側の勝訴という結果は変わらなかった。

最終的に、裁判は最高裁までもつれ込んだ。そして冒頭で述べた通り、最高裁は昨年末、弁論を開くことを決定した、という流れだ。

注目の最高裁「弁論」、判決は4月19日

今日3月15日に開かれた口頭弁論。法廷に設けられた21席の一般傍聴席は埋まり、関心の高さをうかがわせた。相続人側の代理人3人と国税側の代理人5人が出席。5人の裁判官を前に、双方が主張を陳述し、約20分で閉廷した。

相続人側の代理人は、国税が総則6項適用に当たって「特別の事情」として挙げた、路線価と実勢価格とのかい離や、銀行借り入れによる物件取得について、「他の類似の不動産取引でもみられるもので、固有の事情とは言えない」と主張。「『特別の事情』が存在しないにも関わらず、総則6項を適用することは違法」とし、一部の富裕層に対して「狙い撃ち的に適用することは不公平で、恣意的な課税にあたる。速やかに原判決の破棄を求める」と訴えた。

一方、国税側の代理人は、相続物件が築浅で収益性の高い物件であったことなどを挙げ、総則6項を適用することは「(相続人側が主張する)差別的な取り扱いではない」と反論。

さらに、相続人らが借り入れにより相続税を圧縮したことについて「負担するはずの相続税を免れており、他の納税者との間で租税負担の公平性を欠く。総則6項を適用する特別な事情があると認められ、更正処分は適法。(相続人の)上告は棄却されるべき」と主張した。

3月15日 口頭弁論の内容まとめ

<相続人側の主な主張>
・路線価と実勢価格のかい離や、銀行借り入れによる物件取得は他の取引でも見られるので「特別の事情」には当たらない
・総則6項の適用は、一部の富裕層を狙い撃ちする恣意的な課税である

<国税側の主な主張>
・相続物件は築浅で収益性の高い物件であり、総則6項の適用は差別的ではない
・この手法で相続税を免れたことは他の納税者との公平性を欠き、総則6項を適用する「特別の事情」があると認められる

なお、判決は、4月19日に言い渡される。最高裁がどのような判断を下すかが注目される。

露骨すぎた相続税対策

では、相続人らに対し、税務署が追徴課税に踏み切ったのはなぜか。その理由を整理しておこう。一言で言うと「相続対策があまりに露骨だった」ことが挙げられる。具体的に見ていこう。

1.相続直前での対策
まず、相続開始直前にさまざまな相続対策が行われている点だ。相続人の祖父が物件を取得したのは亡くなる3年数カ月前で、当時90歳という高齢だった。また、相続人である孫との養子縁組も物件購入時期と近接している。さらに、金融機関からの借り入れを受ける際、貸出稟議書などには「相続対策」と明記されていることもわかっている。

2.短期の不動産売却
相続人は相続した物件を、相続から9カ月という短期間で売却し、現金化している。

3.時価との大幅なかい離
路線価による評価と、物件購入価格や不動産鑑定評価に大きなかい離があるという点もポイントになる。

こういった背景があり、国税局は「伝家の宝刀」と呼ばれる総則6項を適用し、相続人に対して更正処分及び約3億円の追徴課税を行ったと思われる。

そして今回の裁判では、この総則6項の適用の是非が大きな注目を集めている。総則6項は前述の通り、評価額の見直しを可能とする規定だが、相続人側から見るとどのような基準で適用されるのかがわかりにくい。極端に言えば、税務署のさじ加減で「伝家の宝刀」が抜かれ、路線価による評価が認められず、想定外の相続税を課されるリスクがあるとも言える。

総則6項の役割

では、この「財産評価基本通達6項」とは、そもそもどのようなものなのだろうか。総則6項にはこのように書かれている。

「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」

この総則6項は、法令ではなく、あくまで通達である。通達とは、上級行政機関が下級行政機関に出す命令のような性質を有するもので、法令とは異なる。

一方で、「伝家の宝刀」は、「いざという時以外はめったに使用しない」ものの例えだ。このことからもわかる通り、総則6項が適用されるケースはまれだ。国税庁によると、総則6項を適用して財産評価を再評価したケースは過去10年間で9件。多額の財産相続を伴う富裕層が行う露骨な節税に対し、国税当局が伝家の宝刀を抜く、というケースが多いようだ。

元国税調査官である松嶋洋税理士は、現在、国税局が行っている総則6項の適用に関する問題点をこう述べる。

「もともと総則6項は、時価に比べてあまりにも高すぎる相続税評価を回避することを趣旨とするものでした。例えばバブル崩壊後、一気に下落した時価に対してあまりに高い相続税評価がなされ、苦しむ人が多くいました。状況に合わせた評価に是正することが、当初の目的であったと考えられます」(松嶋税理士)

しかし、現在はその解釈が拡大し、今回のケースのように、高騰した不動産価格と低すぎる相続税評価のかい離を用いた節税を取り締まるために適用されている。「過去にこうした適用を認める判例ができてしまったためです。もともとの趣旨が理解されず、露骨な節税を抑止するために濫用されていることは問題ではないでしょうか」と松嶋税理士は疑問を呈する。

過去の裁判では、いずれも総則6項を適用した国税局側が全て勝訴している。今回の裁判も過去と同様、二審までは国税局側の勝訴という結果であり、そのまま幕を閉じようとしていた。しかし、最高裁判所で弁論が開かれることになり、状況が変わる可能性が出てきたのだ。

弁論は裁判の行方にどう影響?

最高裁による弁論が開かれることは、何を意味するのだろうか。

税務訴訟に詳しい坂田真吾弁護士によれば、「最高裁判所は、特段の理由がなければ、通常は弁論を開かずに上告を棄却して終わり。しかし、弁論を開くということは判決を見直すという可能性があることを意味しています」と話す。

「とはいえ、特に昨今は弁論を開いてもこれまでの結論を維持して、上告を棄却する場合もあるため、どうなるかはわからない」と付け加える。

坂田弁護士は、高裁判決までで十分に争点は出し尽くしており、どのような判決とするかは最高裁内部ではすでに事実上決まっていると思われると話す。最高裁段階における当事者の弁論内容によって結論が変わることは考えにくいと前置きしつつ、「路線価に基づく評価によらない事例が増え、社会的な関心が集まっている。弁論を踏まえて言い渡させる最高裁判決にて、最高裁が何かしらの判断や考え方を示すことも十分に考えられる」と話し、最高裁が総則6項の見直しを国税庁に求める可能性もあると示した。

3つのシナリオ、専門家の見方は

今回の裁判、最終的にはどのような結末を迎えるのか。考えられる3つのシナリオを詳しく見ていこう。

シナリオ1は、これまでの判決通り相続人が敗訴する場合だ。相続人は約3億円の追徴課税に応じる必要がある。

シナリオ2は、これまでの判決が覆り、相続人が勝訴する場合だ。すなわち、国税局側の敗訴を意味する。

シナリオ3は、最高裁の判決によって状況が変わる。最高裁が示す何らかの判断や意見に基づき、高裁に差し戻されて再審議されるとの見方が強い。

これら3つのうち、最も現実的と考えられるのはどのシナリオなのか。複数の専門家に意見を聞いたところ、予想は分かれる結果となった。順番に紹介していきたい。

・国税担当者(シナリオ2)
冒頭の国税局担当者は、シナリオ2を想定する。楽待新聞編集部の取材に対し「弁論が開かれる時点で、(国税側が)負ける可能性が高いように思う」と話した。加えて「負けるにしても、どのような負け方をするかが重要だ。最高裁の判決によって、総則6項の適用方法も含めて状況は大きく変わる」と述べる。

・坂田真吾弁護士(シナリオ1)
一方、前出の坂田弁護士は、シナリオ1が最も現実的とみる。「路線価による相続税評価額は一般的に低く、特に区分所有建物では通常の売買価格よりも相当に低額である。しかも、本件は相続税対策によって相当な税負担を回避しているのであり、相続人の主張を是認することは課税の公平性の観点から見てもかなり問題になる。さすがに最高裁がこれまでの判決を覆すとは考えにくいでしょう」(坂田弁護士)

一方で、「とはいえ、路線価で相続税評価額を決めるという『財産評価基本通達』の仕組み自体の問題に最高裁が踏み込んだ場合、仕組みの見直しが迫られ、波及する影響は極めて大きくなるでしょう」と語り、相続人敗訴は覆らなくとも、不動産を用いた相続税の節税という手法そのもののあり方が変わる可能性にも言及した。

・松嶋洋税理士(シナリオ1)
また前出の松嶋税理士もシナリオ1、相続人側の敗訴を予想。過去に適用した総則6項にまで影響が遡及する可能性がポイントになるという。「過去の判例を鑑みると、最高裁が国税局に忖度することも考えられる。相続人側を勝たせると、これまで総則6項に基づき下した判決を覆すことになり、相当額の還付金が発生する恐れもある。そういった事情を考慮すると、正直、相続人側が勝つことは難しいだろう」と話す。

一方で坂田弁護士と同様、「これまで曖昧だった総則6項に、何らかの基準が設けられる可能性は高い。基準を明確にするように、高裁に差し戻しをして審理をやり直す可能性も十分にある」と語る。

・関口郷思弁護士(シナリオ3)
不動産取引や建築分野の問題に詳しい関口郷思弁護士も、今回の裁判の行方に注目する専門家の1人だ。裁判の行方については「結論は予想できない」としつつも、シナリオ3に近い「最高裁で弁論が開かれることで、高裁の判決が覆るという期待は持てる」という見方を示す。

関口弁護士は、税務署が総則6項を適用する際の明確な基準が存在しないことを問題視。「総則6項適用に関して、最高裁が明確な基準を示すのかどうか」に注目する。

また、総則6項の適用基準を示すにあたっては「不動産の評価額に関する話なので、需要と供給、築年数、立地などの客観的な情報のみを考慮すべき。納税者に節税の意図があったかどうかなどの内心を考慮することは妥当ではない」と指摘する。

今回、相続人が敗訴した場合の影響については、「金融機関や不動産業者が富裕層向けに広く使っている節税スキームで、すでに相続に向けて物件を購入してしまった人もかなりいるはず。そうした人への影響は大きいのではないか」と予想する。

松嶋税理士は、「今回の最高裁の判決によって、総則6項にある程度の基準や指針が見てくることが望ましい」と話す。基準が明確になれば、投資家にとっても節税の目安になる。

これまで基準がはっきりせず、しばしば「伝家の宝刀」と表現されてきた総則6項。最高裁の判決は、来月4月19日に下される。この裁判によって、不動産を使った相続対策が大きく変わることになるのか。注目が集まる。

                                                株式会社寧広