原状回復費はどこまで請求できる? ネットで「知識武装」の入居者も

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原状回復費用をめぐるトラブルは、不動産オーナーにとって悩みの種になりがちだ。契約時の取り決めが曖昧であったり、相互の認識にズレがあったりすると、退去時に揉めることになる。話し合いで折り合いが付かず、曖昧なまま入居者と音信不通になってしまい、費用回収ができないということも起こり得るだろう。

トラブルを避けるために、オーナーはどのように備えるべきなのだろうか。今回は、不動産オーナーが実際に経験した原状回復のトラブル事例、そして退去費用の減額交渉をしたことがあるという一般の入居者に話を聞いた。また、契約や交渉における注意点について、弁護士の見解も紹介したい。

Twitterで情報収集、退去費用0円になった入居者

不動産投資家や管理会社は、幾度の退去立ち合いで原状回復に関する経験と知識を有している。一方で、入居者は退去立ち合いを経験することが少なく、知識も乏しい。退去後に返還されると考えていた敷金が戻ってこなかった、管理会社から受け取った原状回復費用の見積もりが想定より高額だったといったことから、トラブルにつながるケースは少なくない。

加えて最近では、TwitterなどSNSで原状回復費用に関する投稿が広く拡散されることが増えてきている。「こうしたら退去費用が減額となった」などの経験談や知識をあらゆるサイトで収集し、その情報を武器に賃貸人に交渉して退去費用を減額している人もいる。

まーくん@株主優待生活」さんも、Twitterで情報収集を行って退去立ち合いに臨んだ1人だ。交渉の結果、退去費用がゼロになったという。

マイホームの購入を機に、約4年間夫婦で住んでいたマンションを退去することになったまーくんさん。退去にあたり、原状回復費などを自分がどこまで負担するべきなのか、何に気を付ければいいのかが分からず、Twitterで「気を付けるべきことはあるか」と情報を募集すると、多くの情報を提供してもらえたという。

まーくんさんが特に参考になったと話すのは、東京都住宅政策本部の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」に掲載されている負担区分について解説した画像だった。「貸主と借主の負担箇所を分かりやすく説明されており、私が負担すべき箇所のイメージがしやすかった」とまーくんさんは話す。

引用元:東京都住宅政策本部「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン

情報収集をしつつ、できるだけ綺麗な状態で引き渡すため、室内の細かいところまで清掃を行ったというまーくんさん。退去立ち合い当日、管理会社とリフォーム業者の担当者同席のもと、部屋の状況を確認した結果、原状回復費用の請求は約4万円(クロスの張り替え2万円、フローリングの修繕2万円)だった。

クロスは蚊を潰した跡が消えずに残ってしまっていたこと、お風呂場近くのフローリングは水により傷みが生じており、借主に責任があると説明を受けた。ただ、どちらの根拠にも納得がいかなかったというまーくんさんは、両箇所とも「通常損耗の範疇だ」と主張した。

国交省のガイドラインでは、「建物・設備などの自然的な劣化・損耗等(経年劣化)」と「賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)」は、原則賃貸人に原状回復義務があると定めている。

「普通に生活をしていれば蚊を潰すこともありますし、お風呂にも毎日入ります。マットを敷いて気を付けていたので、通常の使用により生じた損耗ではないかという点を伝えました。相手は多少怪訝な表情を見せたものの、思っていたよりもあっさりと受け入れてもらえ、結果的に原状回復費用は0円になりました」(まーくんさん)

「自分のお金は大切です。一方的なわがままを言うべきではないですが、お互いが気持ちよく終われるように賃借人も知識を身につけて退去立ち合いに臨むべき」と語る。

「ハウスクリーニング特約」は覆る?

「ネットで退去費用が減額になったという事例を見て、自分も払わなくて済むのではと思い、管理会社に交渉した」という人もいる。転勤に伴い、家族3人で約10年間住んだマンションを退去することになったJさんだ。

Jさんは退去立ち会いの後、管理会社から畳の表替えやハウスクリーニング費用を含め、約23万円の請求を受けた。入居時に約20万円の敷金を入れていたが、敷金が全額戻ってこず、さらに3万円の費用負担が発生することになる。

ただしJさんの場合、入居時に「ハウスクリーニングは借主負担」という特約が記載された賃貸借契約書と、紛争やトラブルを防止するために原状回復などの項目について説明をする「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」に署名をしていた。畳の表替えや障子、ふすまの張り替えについても、事前に取り交わしていた修繕負担区分表に、借主が負担する旨が明記されていた。

「たしかに書面にはサインしたのですが、約10年間も住んでいましたし、その間家賃の滞納をしたこともありません。破損や汚損した箇所もなく、かなり綺麗に住んでいた方だと思います。高額な更新料も4度払いました。一部、私の過失による費用負担がありそれは仕方ないのですが、この金額はあまりに高すぎると思ったんです」(Jさん)

原状回復工事見積書の一部。見積もりの総額は約28万円で、Jさんにはそのうち約23万円の請求があった

Jさんは管理会社とリフォーム業者に「入居時、特約や説明書にサインしたことは事実だが、その際は国交省のガイドラインについて全く知らなかった。原状回復費用は原則オーナーが負担すべきものということを知っていたら、サインはしていなかった。原状回復にかかる具体的な金額も書かれていない」と主張し、減額を要求したという。

Jさんが入居時に結んだ「賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書」の一部。原状回復の基本的な考え方、特約の有無や内容などが記載されている

一方のリフォーム業者や管理会社も「特約の内容通り、借主様に負担していただきたい」という姿勢を崩さないという。結局メールでの長文のやりとりは十数回にわたり、Jさんもすっかり疲弊してしまった。退去から2カ月近くが経った今も結論は出ないままだ。

「SNSでみなさんの体験談を見ていたときは、自分も損をしたくない、自分も払いたくない、という一心でした。ただ、今となっては後味の悪さの方が大きい。長く住んでいたので愛着もあり、家族との思い出も詰まった家だったが、今回の件で嫌な思い出に変わってしまった。最初から素直に負担をしておけばよかった」と吐露した。

費用請求できず、60万円を超える自己負担も

ここからは、原状回復費用をめぐり、想定外のできごとを経験したという投資家4名に話を聞いた。

不動産投資歴6年のYさんは、大阪にオーナーチェンジ物件の木造アパートを購入。購入から5年経過した昨年、約12年入居していた賃借人が退去することとなり、退去立ち合いを行うことになった。

物件の状況を確認すると、クロスにはカビが生え、フローリングの傷みはひどい状態だった。原状回復費用の見積もりは約60万円(天井と壁のクロス張替えで14万円、ウッドタイルの張り替えで15万円。コーキングの打ち替えやハウスクリーニングで約30万円)。賃借人への費用請求を検討するも、最終的にはYさんが全額自己負担したという。

「賃貸借契約書には、原状回復費用に関する文言は『別途協議の上』とだけ書かれているだけでした」とYさん。今回の修繕箇所は、経年劣化や通常損耗の範囲内と考えられることや、賃借人に家賃滞納癖があり、資金面で費用回収を期待できないことを理由に、賃借人に請求しないことにしたという。

賃借人に費用負担を請求できるように、賃貸借契約中に書面内容の変更も考えたというが、打診をきっかけに退去になるリスクを避け、長期入居の実を取って契約変更を保留にした。「その選択に後悔していないです。家賃滞納は時々ありましたが、必ず払ってもらえましたし、5年近く退去せずに住んでもらえたので」と今回の経験を振り返る。

約80万円を自己負担、貸主の火災保険で補填も

不動産投資家として初めて臨んだ退去立ち合いで、想定を超える費用が掛かったと話す投資家もいる。実践大家コラムニストのたけさんは、バリューアップ費用も含めて約80万円の原状回復費用を実費負担した。

自身の仕事の都合で、退去立ち合いは懇意にしているリフォーム業者に一任。後日、部屋の状況を見に行くと、煙草による汚れや部屋中のカビなど、かなりひどい状況に驚いたという。

トイレにはカビが生え、リビングの床は全体的に黒ずんでいる。約8年間の入居だったため、50万円程度の負担は覚悟していたが、想定を超える状況だったという

賃貸借契約書には、原状回復費用に関して「借主の故意または過失による損傷は、別途実費を負担するものとする」という1文のみ記載。退去立ち合いを行ったリフォーム業者からは、「減価償却期間などを考慮すると、賃借人への請求は厳しい」との意見を受け、全て自己負担にしたという。

コラムニストでもあるたけさんは、当時の状況をコラムに綴った。すると多くのコメントが寄せられた。中には、「全て負担する必要はなく、一部賃借人負担にもできただろうに」などのコメントも目立った。

たけさんもその点については賛同しつつも、「今回はリフォーム業者の判断を最大限尊重して、全て自己負担としました。次回同じようなことがあれば、今回の反省点を生かして、賃借人負担にできる修繕費用はきちんと請求したい」と語る。

また、同じ実践大家コラムニストであるジュニアさんが執筆した「借主による室内の傷や汚れの修繕費用を、貸主が加入している火災保険で請求できる」という内容のコラムを読んだたけさん。すぐに申請を検討するも、「申請に必要な修繕箇所の細かい写真を撮っていなかったので、今回の修繕では保険の申請をできなかった」と反省しつつも、今回の経験を次回に生かしていきたいと語った。

契約違反でも、音信不通でなす術なく…

賃借人が賃貸借契約違反をしていたにもかかわらず、原状回復費用を全額回収できなかった投資家もいる。投資歴14年のぶうんさんは、大阪に店舗付き戸建てを購入。2階の住居部分に約4年間住んでいた単身女性とトラブルになったという。

「物件を購入する際に確認した契約内容では、小型犬1匹のみ飼育可という契約でした。他の物件はペットNGにしていますが、小型犬1匹程度なら問題はないかなと判断しました」。

退去を機に物件の状況を確認しに行くと、室内のドアやドア枠などいたるところにペットによる傷や汚れが目立っていた。その時に、小型犬1匹ではなく、複数のペットを飼育しており、契約を違反していたことも明らかに。

業者に見積もりをしてもらい、賃借人に原状回復費用で約6万円を請求(ペットによる傷や汚れの修繕に約5万円、その他小修繕で1万円)。ハウスクリーニング代は賃貸人負担とし、一部DIYを行うことで費用を抑えて請求するも、「その金額は認められません」と明確な根拠もなく支払いを一方的に拒否されたという。

国交省のガイドラインや、そもそも契約に違反していることを根拠に支払いを促すも理解してもらえず。賃借人の仕事の都合で一度も対面で交渉できず、基本は電話でやり取りを続けていると、「突然請求額の半額である3万円のみ入金があり、それ以降音信不通になってしまいました」と理不尽な対応に憤りを見せるぶうんさん。

オーナーチェンジ物件で、事前にできる対策が少なかったと言うが、物件購入時には入居者の情報や契約内容の確認、また入居時の室内写真の有無など、自身が損をしないように細かい部分まで注意を払う必要があったと振り返った。

そういったトラブルを避けるため、賃貸借契約書に原状回復費用について詳細に明記する必要性を語るのは、投資歴3年で一部自主管理で物件を運営しているSさん。退去時のトラブルを避けるために、国交省のガイドラインに沿った形で、賃貸借契約に特約の記載を行っているという。特に、賃貸借契約書には「退去時、ハウスクリーニング代と畳の表替え、襖の張り替え費用は賃借人負担」という文言を明記したうえで、入居時に必ず口頭で了承を得ている。

また、敷金も原則家賃1カ月分もらうようにしているが、ファミリータイプの物件の場合、それだけでは間に合わないケースが多いという。賃借人にとって退去費用が想定よりも高額になることもあり、驚く方も多く、「金銭面の都合から支払いが難しい場合は、金額面で譲歩、さらには分割払いを提案して、覚書を書いてもらうこともありますね」と話す。

弁護士の見解は

実際に、賃貸人であるオーナーはどの範囲まで原状回復費用を請求することができるのだろうか。不動産に詳しい阿部弁護士は、「基本的に、経年劣化や通常損耗以外の部分について、ハウスクリーニングと小修繕程度の費用しか、賃借人に請求できないと考えたほうが良い」と話す。

裁判所の判決では、そもそも原状回復費用は賃料に含まれていると解釈されることが多く、退去費用で原状回復費用を多く回収しようという考え方は、「投資家にとって一定のリスクがある」という。

また、原状回復費用に関するトラブルは訴訟には向かないとも話す。訴訟を起こす場合、少額訴訟になるのが一般的だ。少額訴訟とは、1回の期日で審理を終えて判決することを原則とし、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に限り、利用することができるもの。阿部弁護士は「少額訴訟でも、弁護士費用は最低でも25万円程度かかるため、結果的に赤字にあるリスクのほうが高い」とし、費用規模が大きくならない限り、訴訟ではなく話し合いでの解決が求められる。

さらに最近では、前出のまーくんさんのようにSNSなどで情報を集め、ある程度の知識を身につけている賃借人が増えている。この状況に対して阿部弁護士は肯定的だ。「むしろ、賃借人も十分な知識を身につけるということは正しい在り方だと思う」と話し、賃貸人が明確な根拠をもって費用請求することは問題ないが、「今後は退去時に、過度に費用回収を期待することは難しくなることも考えたほうが良い」と見解を示す。

SNSによる情報拡散が進んでいる状況で、賃借人が得られる情報量がこれまで以上に増えてきている。不動産オーナーは、賃貸借契約書やガイドラインに則り、明確な根拠をもとに請求をする必要があるだろう。

しかし、不動産賃貸業を行っている以上、簡単に値引き交渉に応じるわけにもいかない。先輩大家の体験談やノウハウを収集し、賃貸人と賃借人の両者が気持ちよく終われるよう、正しい知識を身につけることが重要になってくるだろう。

                                                  株式会社寧広